ネットがなかった時代
オリンピックのフィギュア・スケートを巡って、韓国からのサイバー攻撃や国会議員のブログ炎上など、最近ネットの世界ではいろいろと起こっていたようだ。ネット上のこういう行為は、本当にくだらない虚しいものと感じる。
僕も10年ほど前からネットを利用し、今はブログも書いている。検索やメールをしていて、「便利な時代になったなあ…」と思うことも少なくない。遠く離れた異国に住んでいると尚更だ。しかしネットがなかった時代も、それはそれで良かったと思うこともある。
13年前、大学の夏休みを利用して、インドのラダック地方を旅行した。(こちら) 本当は中国のチベット自治区に行く予定だったが、ネパールから入域ができず、急遽インドの「小チベット」と呼ばれるラダック地方へ行くことになった。当初予定になかったラダック。しかし、雄大な自然とそこに暮らす穏やかな人々、独特の宗教と文化に感動し続ける旅となった。
ラダック人は親切で人懐っこい。道ですれ違うと、「ジュレー(ラダック語でこんにちは)」と笑顔で挨拶してくる。農作業を手伝ってみたり、普通の民家に泊まらせてもらったりした。寺の若い僧と仲良くなったり、少数民族との交流もあったりと出会いにも恵まれた。
彼らの写真を思い出に撮らせてもらうと、「後で写真を送ってくれ」と頼まれた。辺境に住む彼らは、写真などあまり持っていない。日本から無事に届くかどうか怪しかったが、お世話になったせめてものお礼として、教えてもらった住所に写真を送ることを約束した。
しかし旅行の最後に大事件が起こり、住所を記したノートどころか、お金やパスポートさえも失ってしまった。その大事件については後日書くとして、とにかく約束の写真を送ることができなくなってしまった。不幸中の幸いで、写真のフィルムは無事だったが、宛先が分からなければどうしようもない。彼らが楽しみにしていた写真を届けられないと途方に暮れた…
その2年後、僕は会社を辞めて長旅に出たのだが、ある物をリュックの奥に大事にしまっていた。それは、あの時に撮ったラダックの人々の写真。「送れないなら、直接行って手渡そう!」と思ったからだ。再びラダックへ行き、出会った人たちを訪ねてまわって、約束の写真を手渡した。皆とても喜んでくれたし、僕もその喜ぶ顔を見れて本当に嬉しかった。
今のようにデジカメがあれば、撮った写真をその場で見せることもできるし、すぐにメールで送ることもできるから、わざわざ写真を手渡しにラダックにまで行く必要はなかったかもしれない。しかし、それが不可能なアナログの時代に旅したからこそ、結果的に再会の喜びを味わえ、彼らの笑顔を見ることができた。
ネットの普及によって、遠く離れた人や見知らぬ人とも交流が可能になる一方で、人と人とが実際に触れ合うことは乏しくなっているのではないか…メールより手紙をもらう方が嬉しいし、直接会って話す方がより深い交流ができるはず。この「便利な」時代の中でも、本当の繋がりを大切にしたい。
手渡した写真。普通の民家などは、記憶を頼りに探し回った。僕の突然の再訪に驚きつつも、皆とても喜んでくれた。そして約束の写真を見て、本当に嬉しそうだった。
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